診断名について
睡眠障害国際分類第3版においては、いくつかの中枢性過眠症群の推奨される診断分類名が変更されました。ナルコレプシーは、情動脱力発作を伴う・伴わないナルコレプシーから、ナルコレプシー1型とナルコレプシー2型という分類に変わりました。この変更は、「オレキシン(ヒポクレチン)欠乏が、この診断分類を最も正確に特徴づける基本指標である」という理解に基づいています。情動脱力発作を伴わない患者の中にも、脳脊髄液(CFS)中のオレキシンA濃度が低い場合があるため、「情動脱力発作を伴うナルコレプシー」あるいは「ナルコレプシー‐カタプレキシー」という診断用語の使用は不適切です。この変更は、情動脱力発作の存在や欠如が臨床的に重要でない、あるいは、CFS中のオレキシンA測定が必須である、という意味ではありません。
ナルコレプシーの治療法
- 規則正しい生活を送ること
- 睡眠不足を避けること
- 睡眠薬による夜間睡眠の改善
薬物療法を行う場合でも、規則正しい生活・十分な睡眠・栄養バランスのとれた食事など、健康の基本を守ることは、大前提です。
薬物 | 1日最大量 |
---|---|
日中の過度の眠気(EDS)の治療 ①精神刺激薬 ・メチルフェニデート ・ペモリン ・モダフィニル ・アンフェタミン/デキストロアンフェタミン ・デキストロアンフェタミン ②補助的な薬(精神刺激薬と併用) ・プロトリプチリン | 60mg 200mg※ 300mg※ 60mg 60mg 10mg |
情動脱力発作、睡眠麻痺、入眠時幻覚の治療 三環系抗うつ薬(アトロピン様副作用) ・プロトリプチリン ・イミプラミン ・クロミプラミン ・デシプラミン 抗うつ薬 ・ブプロピオン SSRI ・セルトラリン ・シタロプラム | 20mg 適用外※ 75mg※ 200mg 300mg 適用外※ 40mg |
ナルコレプシーの特徴は、レム睡眠の異常です。覚醒状態にレム睡眠が割り込んだり、覚醒から睡眠への移行時にレム睡眠が割り込んだりします。ナルコレプシーの症状の殆どは、レム睡眠に関連するものです。
ナルコレプシーの症状
ナルコレプシーの主症状5つの頭文字をとって「CHESS(チェス)」と覚えましょう。ナルコレプシーの患者は、ほぼ全員が眠気を訴えますが、五大症状すべて当てはまる方は、患者全体の一割未満です。問診でこれらの症状を深く掘り下げると、ナルコレプシー患者を炙り出せる場合があります。
Cataplexy(情動脱力発作)
ナルコレプシー患者の65%~75%が訴える症状です。ナルコレプシー1型の最も特徴的な症状で、この病気にほぼ固有のものです。笑いや驚き、恐怖、怒りなどの「感情」がこみ上げると、突然、短時間(2分未満)、意識を保ったまま筋緊張が失われます。情動脱力発作は、覚醒している時に起こり、脱力感と筋肉の自発的な制御ができなくなります。ストレスや疲労がたまっていると起こりやすくなります。発作は、体の一部分にわずかな脱力感(顔の筋肉のたるみ、頭のうなずき、膝が曲がる、呂律の乱れなど)があるだけの人もあれば、即座に全身が弛緩し倒れる人もいます。情動脱力発作に見舞われた人は、意識がないように見えても、しっかり目が覚めていて注意力があります。発作は数秒から数分で回復します。情動脱力発作は、夢を見ているときなど、レム睡眠に伴う筋緊張の抑制メカニズムと関連しています。情動脱力発作では、この保護機能が覚醒時に誤作動するものと考えられています。
ナルコレプシーの歴史
1880年 | ナルコレプシーの発見 フランスの医師ジャン=バティスト=エドゥアール・ジェリノー(1828-1906)が、初めてナルコレプシーを独立疾患として記載。 |
1916年 | 情動脱力発作(カタプレキシー)の命名 ヘンネベルクが情動脱力発作(カタプレキシー)と命名。 |
1919年~ 1925年 | 嗜眠性脳炎(エコノモ脳炎)の流行 |
1953年 | レム睡眠の発見 シカゴ大学の睡眠研究者ユージン・アセリンスキー(1921-1998)が、7歳の息子の眼球運動を観察し、レム睡眠を発見。 |
1960年 | ナルコレプシーの四大症状を定義 メイヨークリニックの医師らが、ナルコレプシーの四大症状、①睡眠発作、②情動脱力発作、③睡眠麻痺、④入眠時幻覚を定義。 |
1960年 | 入眠時レム睡眠の発見 フォーゲルが、ナルコレプシー患者は入眠時レム睡眠があることを発見(sleep onset REM period: SOREMP)。 |
1963年 | 日本の医師高橋康郎・神保眞也らが、睡眠麻痺と入眠時幻覚は、入眠時レム睡眠を背景として生じている現象であることを発見。 |
1965年 | 日本の医師菱川泰夫・金子仁郎らが、レム睡眠を抑制する作用のある三環系抗うつ剤が、情動脱力発作、睡眠麻痺、入眠時幻覚などの治療に有効であることを発見。 |
1973年 | 犬のナルコレプシー発見 偶然、餌で誘発された情動脱力発作を有する犬を発見。 スタンフォード大学の研究院らが、同様の犬の交配を開始。 |
1977年 | ナルコレプシー犬(ドーベルマン)誕生 浸透率100%で常染色体劣性遺伝する犬ナルコレプシー(ドーベルマン)モデル誕生。 ※現在でもこのモデル動物を使ったナルコレプシーの研究が続けられている。 |
1983年 | ナルコレプシーに関連する遺伝子を発見 日本の本多医師らが、ヒトナルコレプシーでHLA-DR2がほぼ100%陽性であることを発見。ナルコレプシーが自己免疫疾患であることを証明。 |
1998年 | オレキシン(ヒポクレチン)の発見 日本の桜井らが、神経ペプチド・オレキシン(ヒポクレチン-1)を発見。 |
1999年 | ナルコレプシーの原因がオレキシンにあることを動物実験で証明 動物実験により、オレキシン欠損が情動脱力発作を引き起こすことと、ナルコレプシーの原因がオレキシン受容体遺伝子の異常であることを発見。 |
2000年 | ナルコレプシーの原因がオレキシンにあることをヒトで証明 日本の西野が、ヒトのナルコレプシー患者について、髄液中のオレキシン値が低値ないし測定限界以下であることを発見。 |
出典
- 内山真. “ナルコレプシー”. 睡眠障害の対応と治療ガイドライン. 睡眠障害の診断・治療ガイドライン研究会. 第3版, 東京, じほう, 2019, p.196-197.
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