薬物療法
非薬物療法
睡眠に限らず、近年は健康欲求の高まりにより、マスコミ・ネットなどでさまざまな健康知識が氾濫しています。中にはもちろん正しいものもありますが、多くは全く科学的根拠が無いか、あってもその健康法自体は極めて極端なもので、かえって健康を害することも少なくありません。
また、睡眠に関しては、医師・薬剤師・保健師・看護師などの医療関係者の間にも、誤った知識が広まっています。こうした誤情報により、かえって睡眠衛生を悪化させたり、睡眠習慣を変えようとして睡眠障害に陥ったり、自分の睡眠が不健康なものと誤解して受診したり、といった事例が見受けられます。
ここには、科学的根拠に基づく正しい睡眠知識のみを示します。
睡眠衛生教育
睡眠衛生とは、睡眠に関連する問題を解消し、睡眠の質や量を向上させることを目的とした入眠手法や睡眠環境を整えることです。一言でいえば、正しい睡眠知識の普及です。
睡眠時間について
睡眠時間には個人差があり、6時間未満の短時間睡眠で十分な人(ショートスリーパー)から、10時間以上の睡眠を必要とする人(ロングスリーパー)まで、さまざまです。身体が必要としている以上の睡眠時間をとることは不可能であり、睡眠時間にこだわり過ぎると、かえって睡眠が浅くなって、不眠に陥りがちです。朝心地良く目覚めることができ、日中過度な眠気がないことが、その人にとって十分な睡眠時間をとっている目安になります。
また、朝型の人と夜型の人がいるように、最適な入眠時刻に関しても個人差があり、同じ人でも、睡眠時間は季節・加齢によって変動するので、あまり時刻にはこだわらない方が良いとされています。
個人に必要とされる睡眠時間には年齢ごとに目安があり、毎晩眠ることのできる時間はだいたい決まっています。
必要な睡眠時間を確保できない日が続くと、それを補おうと睡眠時間は長くなります。一方で、寝溜めしようと意気込んでも、必要以上に眠ることはできません。
秋〜冬にかけて日が短くなるときに睡眠時間は長くなり、春〜夏にかけて短くなります。最も日の短い12月〜1月に睡眠時間は長くなりやすく、6〜7月の初夏に最も短くなります。
食事・入浴・運動について
食事

入眠時に胃腸が活発に活動していると睡眠が阻害されるので、夕食は入眠の3時間以上前に済ませることをお勧めします。
また、消化酵素の働きは、いつもの食事の時間に合わせて上昇するので、食事の時刻をだいたい毎日一定にすると、消化が良くなります。
入浴

ヒトの体温は、午後から夕方にかけて最高になり、その後低下して、夜明け前に最低となります。体温が下降するタイミングでは入眠しやすく、上昇する時には入眠しにくいことが明らかにされています。入浴して体温を上げると、体温が下がってくるときにスムーズに入眠できることになりますが、就寝前1時間以内に熱い湯に入ってしまうと、入眠時刻になっても体温が上がったまま下がらず、かえって入眠しにくくなってしまうので注意してください。
また、熱い湯は身体に負担がかかるばかりでなく、交感神経系の活動を活発にし、入眠を妨げます。就寝前1時間に入浴する場合は、40℃前後のぬるめの湯をお勧めします。
運動

昼間〜夕方の適度な運動は、入眠しやすくし、夜間の睡眠を深くすることが知られています。しかし、夜の激しい運動は就床直前の熱い湯と同じく体温を上昇させ、交感神経系の活動を活発にするため入眠を妨げます。
アルコールと嗜好品について
アルコール・カフェイン・ニコチンには眠りを妨げる作用があるので、これらを習慣的に摂取していると不眠の原因になります。
アルコール

「睡眠薬より寝酒の方が安全」という誤った知識が広まっています。アルコールは睡眠導入には効果がありますが、睡眠後半では逆に睡眠を浅くし、利尿作用もあることから、中途覚醒・早朝覚醒の原因となり、かえって睡眠障害を引き起こします。
また、アルコールは容易に耐性を形成し、同じ量では入眠できなくなっていくため、次第に摂取量が増加することになります。長期化すると、肝障害・アルコール依存症などの危険があります。
最近の睡眠薬は、アルコールのように睡眠後半での睡眠障害を起こしません。また、常用量では著しい耐性も形成せず、長期間使用しても身体依存を形成しにくく、肝障害も少ないため、アルコールよりはるかに安全です。決してアルコールを睡眠薬代わりに使用してはいけません。
カフェイン

カフェインの覚醒作用は数時間持続するため、夕食後に摂取したカフェインにより入眠が阻害されたり、就床直前のカフェインにより中途覚醒が引き起こされたりします。また、カフェインの利尿作用により、夜中の尿意による中途覚醒も出現します。
カフェインは、コーヒー、紅茶、ココア、緑茶だけでなく、チョコレート、清涼飲料水、健康飲料などにも含まれているので、注意が必要です。
よく入眠にはハーブティーが良いと勧められていますが、これは、ハーブティーはカフェインを含まないので、夜にお茶を飲む習慣がある不眠症の人にカフェインを摂らせないようにするためであり、もともとお茶を飲む習慣のない人がわざわざハーブティーを飲んでも安眠効果はありません。
ニコチン

タバコの煙に含まれるニコチンは、吸入直後にはリラックス作用がありますが、この作用は急速に消失し、覚醒作用のみが数時間持続します。このため、夜間のタバコは睡眠を阻害します。禁煙中のニコチンガム・ニコチンパッチも同様に注意が必要です。飲酒しながらタバコを吸った時などは、当初アルコールの睡眠導入作用で入眠しますが、しばらくして、アルコールとニコチンの覚醒作用・利尿作用により覚醒してしまうことになります。
睡眠環境について
騒音、温度、湿度、照度などのさまざまな環境要因によって睡眠は阻害されます。
騒音…自動車の音など屋外からの環境音の他、隣で寝ている人のいびき・歯ぎしりなども含みます。耳栓をしたり、防音設備などが必要となる場合がありますが、全くの無音状態でも、かえって不安が強まり眠れないこともあります。
温度・湿度…前述の通り、体温は入眠してから夜明け前まで下がり続けます。この間、末梢血管が拡張することによって放熱が行われるので、寝間着・布団は湿気がこもらないものが良いとされています。断熱性・保温性が良すぎるのも良くありません。理想的には、室温を適温とし、寝間着・布団は補助的に用いるのが良いとされています。
照明…寝室の照度は、明るすぎると睡眠が浅くなり、逆に、完全な暗闇は不安を引き起こして眠れないこともあります。
寝具…マットレス・敷布団は、必要以上に身体が沈み込まないもの、まくらは自分の身体に合ったものを使用してください。
認知行動療法
刺激制御法
刺激制御法は、睡眠障害の中でも特に入眠困難と中途覚醒に効果があります。
- 眠くなった時のみ寝床に就く。
- 寝床を睡眠とSEX以外の目的に使わない(寝床で本を読んだり、テレビを見たり、食べたりしないこと)。
- 眠れなければ(たとえば20分間)、寝室を出て別の部屋に行く。本当に眠くなるまでそこに居て、それから寝室に戻る。眠くならなければ、再び、寝室から出る。この間、時計を見てはいけない。また、ホラー映画を観るなど刺激の強いことはしてはいけない。
- もしまだ眠れないのなら、夜通し③を繰り返す。
- その晩いかに眠れなくても、目覚まし時計をセットして、毎朝同じ時間に起きること(起床時刻を一定に保ち、すみやかに太陽光に当たることは、身体に一定の睡眠-覚醒リズムを身につけるのに役立つ)。