黒い羊

第2回ショートストーリーコンテスト応募作品「黒い羊」


むかしむかしあるところに、
羊の群れが暮らしていました。
みんなまっしろでふわふわ。

その中に、
一匹だけ黒い羊がいました。
名前はネム。

山の餌場で草を食べるため、
羊たちは朝早く出発します。

ところがネムは朝が起きられません。

必死に全身の力を振り絞って、
這ってでも寝床から出ようと頑張るのに、
気がつくといつの間にかまた眠ってしまっているのです。

「悔しいなぁ、悔しいなぁ、
どうして僕は頑張れないんだろう。
みんな毎日時間通りに起きられるなんて、
きっと僕なんかよりずっと凄い努力をしているにちがいないのに。」

「えー何言ってるの、ネム。頑張る必要なんか無いよ。」
「起きるのなんて簡単だよ、目を開けて、元気にぴょーんと飛び出せばいいだけだもん。」
「朝日を浴びたら良いんだよ。太陽の光を浴びたら、一発で眠気なんか吹っ飛ぶさ。」
「きっと、夜寝るのが遅いんじゃない?もっとたくさん寝てみたら?」
「朝ご飯よ。朝ご飯を食べないから元気が出ないのよ。」

いろんな羊がいろんなことを言いました。
ネムは、朝日を浴びたり、朝ご飯を食べたり、まだ夕方のうちから眠ってみたり、言われたことは全部試しました。

それでも、ネムの眠気はなくなりませんでした。

目を覚まして、頭がボーッとして倒れて、
また目を覚まして…を何度も繰り返し、
ものすごーく頑張ると、
朝時間通りに起きられる日もあります。
でもたいていの日、ネムは遅刻でした。

ぐーぐーぐー…
はっと気がつくと
もう日は高く、お昼です。

はぁはぁ、頭がぼーっとする…
ふらふらとした足取りで、
ネムは一生懸命みんなを追いかけました。

ふぅふぅ、
やっと山の頂上に着いた。
しかし、ネムが到着する頃には、
みんなはもう草を食べ終わって、遊んでいるところ。
「なぁんだネム、
今頃来ても遅いよ、もう草は無いよ。」

ネムはしょんぼり寂しく、
隅に残った草を喰みました。

「ねえねぇみんな、柵を飛び越えて遊ぼうよ!」
羊が一匹、ぴょーん!
羊が二匹、ぴよーん!
羊が三匹…
あれ?飛ばないの?

ごろごろ、うとうと、
なんと順番を待ってるほんの短い間に、
ネムは居眠りしてしまいました。

気の強い白羊のラムが、強い口調で言いました。
「ネム。体調が悪いなら、帰った方がいいよ。」
「僕、身体はどこも痛くないよ。元気だよ、頑張るよ。」
「じゃあ何で寝るの。具合が悪いんでしょう?」
「それは…」
「きっと体調が悪いんだよ。帰った方がいいよ。」

ああ、とにかくラムは、僕に帰って欲しいんだ、と気が付いて、ネムは悲しくなりました。
「僕は、健康なのに…」

どうしてぼくは、
朝起きられないんだろう。
どうしてぼくは、
すぐ眠くなってしまうんだろう。

あっという間に日は暮れて、辺りは夜。
東の空に浮かんだ一番星。
ネムは、思わず星に祈りました。
「神様、教えてください。
どうして僕は、いつも眠いのですか。
神様、助けてください。
僕が起きていられるように、
どうか力を貸してください。」

星は黙って、静かに
優しく瞬いているだけでした。

その晩、ネムは夢を見ました。

夜空にひときわ明るく輝く気高い星が、
ぐんぐん、ぐんぐん近づいてきて、
ネムの枕元に立ち、
星ではない者の姿になる夢です。

「ネム、ネム、起きなさい。
目を覚ましなさい。」

「目が開かないのです、神様。」
ネムは目を閉じたまま答えました。
情けなくて、恥ずかしくて、
ポロポロ涙が出ました。

「心の目を覚ましていなさい。」

そんなのは屁理屈だ、
とネムは怒りがこみあげました。

「信じれば与えられると、神様は仰います。
でも、僕は起きていることができません。
どんなにどんなに願っても、
神様は僕を治してくれないじゃないですか。」

神様は、
悲しく微笑んで答えました。
「可愛い私の子羊よ。
魚が食べたい子どもに、ヘビを与える親がいるでしょうか。
卵が食べたいのに、サソリを与える親がいるでしょうか。
どんなに意地悪な人でも、
自分の子には良い物を与えるものです。
ましてや私はあなたの羊飼いです。
私を信じなさい。
あなたには、
もう、与えられています。」

どういう意味なのだろうか、
とネムは戸惑いました。

胸が苦しくって、涙が止まらなくって、
最悪の気分でネムは目を覚ましました。

「どうしたの、ネム。
ずいぶんうなされていたようだけど、
怖い夢でも見たの?」
ネムのそばには、
優しいお父さんとお母さんがいました。

「飼葉桶の中に、美味しい草があるわ。
さぁ、朝ご飯にしましょう。
それから、ゆっくりでいいから、山の餌場に行きましょうね。」
ネムは、すこし心があたたかくなりました。

遅れてやっとネムが山の餌場に着くと、
ともだちの羊たちが迎えてくれました。
「おはよう、ネム。よく頑張って登ってきたね。」
「ネムが誰より頑張り屋さんなの、ぼく知ってるよ!」
「ネムが怠けて寝てるわけじゃないの、見てればわかるもの。」
「遅刻したって諦めないで、何度寝たって立ち上がって、ネムは凄いよ。」
ネムには、わかってくれる友達がいました。

そして、毛刈りの日。
毛刈りのおじさんが、ネムの身体を撫でながら、優しく言いました。
「ネムの毛はとってもふわふわで気持ちが良いね。黒い羊の毛は、とっても貴重なのさ。いつもあたたかい毛を、ありがとう」
ネムにも、できる仕事がありました。

恵まれているところを一つずつ数えてみて、
ネムは、生まれて初めて
目が覚めたような思いがしました。

「ああ神様、
僕は乏しいことがなかったのですね。」

長い眠りから覚めたネムは、
もう眠ってなんかいません。

ネムにとって、時は過ぎやすく、
あっという間に一日は暮れてしまいます。

しかしそんな日の短さに負けずに、
今日もネムはつとめいそしみ、
短い時を精一杯生きるのです。

おわり

あとがき・解説

過眠症をテーマにした絵本ということで思いついたお話です。お話を作るにあたって、居眠りエピソードはいくつも思いつくのに、結末をどう締めるべきかはとても悩みました。過眠症には特効薬がなく、患者の悩み苦しみには終わりがないからです。わかりやすいハッピーエンドはあり得ません。
魔法の薬でめでたしめでたしや、居眠りで解雇された俺がチート無双で成り上がる系のお話にはしたくありませんでした。それは悪い意味でのファンタジーです。
この物語の終わりで、ネムの現実は何も変わっていません。周りが変わったわけでもありません。
途中で白羊のラムという名前のあるキャラクターを登場させていますが、和解していません。
救いのない展開に不満をもつ方もいるかもしれません。違う展開もあり得たのかもしれません。けれどもそれは別の物語、いつかまた、別の機会にお話できたら良いなと思います。

感想

42歳・男性

私はとても好きです。絵本みたいなイメージでした。

著者

藤 崎 友
藤 崎 友
過度の眠気による不登校・定時制高校を経て、慶應義塾大学卒業後、IT企業入社。Webサイト制作・プログラミング歴10年。集客マーケティングに特化した広報デザイン、Webデザイン、ロゴデザイン技術習得。他、英検準一級の語学力と睡眠健康指導士の知識を活かし、睡眠情報の翻訳等を手掛ける。

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